2040年の改革を待っていたら、今の中高生は大人になってしまう──僕が上場企業の社長を退任し、中高生向けビジネス教育「ジブナル」を立ち上げた理由

はじめまして。濱暢宏です。中高生向けのビジネススクール「ジブナル」の代表をしています。

これまで複数の会社で経営に携わってきました。その一方で、グロービス経営大学院では、社会人にビジネスを教える講師を10年にわたって務めています。

2024年、48歳のときに、僕は上場企業の社長を退任しました。残りの人生の時間を何に使いたいのか。その問いを抱えて各地を歩き、いろいろな方と対話を重ね、たどり着いたのが、「中高生の教育」でした。2025年1月、10人の生徒と一緒に、最初の授業を開きました。それがジブナルの始まりです。
なぜ、ビジネスの世界で生きてきた僕が、中高生の教育をやろうと思ったのか。そこには、どうしても見過ごせない危機感がありました。

今日は、なぜジブナルを立ち上げたのか?今感じている危機感とは?についてお話しさせてください。

目次

AIが塗り替える、「安泰」という幻想

AIが、社会の前提を根底から塗り替えようとしている。誰もが知っている大手企業でも従来の「新卒一括採用」やメンバーシップ型雇用を見直し、職務やスキルをより重視する動きが広がっている。「いい大学に入り、いい会社に入って、言われたことを真面目にやっていれば一生安泰」僕ら世代が信じていたキャリアモデルは、急速に過去のものになった。終身雇用、年功序列、新卒一括採用など、これまで日本社会を支えてきた仕組みが揺らぐ一方、一人ひとりには、これまで以上にシンプルで厳しい問いが突きつけられるようになっている。

「あなたは何をしたいのか?」
「あなたは、誰にどんな価値を生み出せるのか?」

その問いは、偏差値や大学名だけでは答えられない。
そして、そのような問いを突きつけられるのは、これから社会に飛び込んでいく、今の中高生たちだ。

2040年を待っていられない

そのような大きな変化の中で、文部科学省も2040年を見据えた高校教育改革の議論を進めている。生徒一人ひとりが主体的に学び、自分らしく生きる力を育む。
その方向性には共感している。けれど、資料を眺めながら、どうしても頭から離れないことがあった。

「2040年か……。その頃、今の中高生たちはもう大人になっているよな」

2022年末、初めてChatGPTに触れたとき、僕は大きな衝撃を受けた。それからわずか数年。世界は、想像していた以上のスピードで変わった。いや、「数年前」どころか、3か月前にできなかったことが、当たり前のようにできるようになっている。

テクノロジーの進化は加速し、仕事のあり方も、求められるスキルも、生き方も、猛烈な勢いで変わりつつある。

2040年の教育を構想して、着実に準備を進めることは大切だ。でも、それを待っているだけでは、目の前にいる子どもたちには間に合わない。学校教育を批判したいわけではない。むしろ、先生方も学校も、正解のない変化の中で懸命に模索していると思う。

だからこそ、批判や評論をしている暇があるなら、学校とは違う場所から、具体的な選択肢を一つでも増やしたい。この時代を生きていくための「土台」を育めるような機会を。

50歳という人生の節目を前に、そんな想いが僕の中で少しずつ大きくなっていった。

社長を辞めて、初めて考えた「残りの人生を何に使うのか」

2024年3月、僕はワイヤレスゲートの代表取締役社長を退任した。ありがたいことに、僕の退任が日経新聞などで報道された1月末ころから、スタートアップや上場企業からオファーをいくつもいただいた。熱い想いを持った経営者たちと対話し、その志に胸を打たれることも少なくなかった。
ただ、「よし、もう一度この会社のIPOに全力で挑もう」「この会社の再生に、これからの人生を懸けよう」というところまで、自分の中の火がつかなかった。もちろん、応援したい会社はたくさんあった。実際に、顧問や業務委託という形で伴走させてもらった企業もある。でも、自分の残りの人生の大切な時間を、本当に注ぎ込みたいものは何なのか。その答えが、まだ見つかっていなかった。

当時、僕の頭には、日本の未来に対する漠然とした危機感もあった。日本のGDPはドイツに抜かれ、世界4位へと後退した。アジアの国々も猛烈な勢いで成長している。円安が進み、日本という国の相対的な存在感が低下していく現実もある。

一方で、パンデミック、気候変動、テクノロジー進化などのグローバルな社会課題から、僕たちの住んでる地域の相対的貧困層の拡大など、様々な社会課題が次々と顕在化している。

僕たちは、次の世代に何を手渡せるのだろう。
残りの人生を懸けて、本当にやりたいことは何なのか。

その答えの輪郭を決定づけてくれたのは、社長を退任した直後、ある場所で目にした「長男の変化」だった。

一人の少年の目が変わった日

当時中学3年生の長男と宮城県の「MIGAKI FARM ミガキファーム」を訪れた

ワイヤレスゲートの社長を退任した2024年3月末。僕は、当時、中学3年生で高校入学前の春休みだった長男を連れて、宮城県山元町にあるGRAの「MIGAKI FARM ミガキファーム(旧 ICHIGO WORLD)」を訪れた。

その頃の長男は、学校の「総合学習」「探究」というものに、冷めた目を向けていた。「学校の探究授業なんて、ネットで調べてスライドにまとめるだけで面白くない」「テキストの空欄を埋めるクリティカルシンキングなんて、中学生がやって何の意味があるの?」そんなことを口にしていた。

ところが、その長男が、GRA代表の岩佐大輝さんの話を聞いたことで大きく変化した。東日本大震災で大きな被害を受けた故郷。そこから立ち上がり、自ら井戸を掘った話。長年「勘と経験」の世界だった農業にITやサイエンスを持ち込み、新しい農業をつくろうとしていること。そして、高齢化していく日本の農業を、自分たちの手で変えていこうという使命感。

ビジネスの最前線で生きている大人の「リアルな言葉」が、15歳の少年に突き刺さった。

ホテルに戻ってからも、長男は興奮していた。「農業って、すごいんだよ!」「本当に井戸を掘ったんだね!最初は塩水しか出てこなかったけど諦めなかったんだ」普段の学校の授業について話すときとは、明らかに違う顔をしていた。その姿を見ながら、僕は「これだ」思った。

本物の人に出会う。
本物の社会に触れる。
本気で何かを変えようとしている大人の熱量を浴びる。

そこに、自分の頭で考えるための「武器」が加わったらどうなるだろう。
心も身体も大きく変化する中高生という時期だからこそ、大人が想像する以上のスピードで世界を吸収し、自分の可能性を広げていけるのではないか。
この日の長男の姿が、後の「ジブナル」につながる原点になった。

その後、僕は「中高生のための、教育をつくりたい」という想いを抱えたまま、日本各地へ足を運んだ。秋田、宮城、群馬、茨城、長野、京都、広島、島根の隠岐、愛媛、香川、徳島、熊本……。地域の産業や特産品に触れ、そこで愚直に未来を切り拓く職人、経営者、自治体のリーダーたちと対話を重ねた。

東京のビジネスの現場だけではない。日本中のローカルで、楽しそうに活き活きと価値を生み出している大人たちの姿を見るたびに、想いは強まっていった。テストや偏差値の枠を越えて、彼らのような「生きた知恵」や「生きる力」を、次の世代に手渡す場をつくりたい。僕の時間を捧げて、本気で取り組んでいきたいと思うようになっていった。

ビジネススクールで見てきた、「学びが人生を変える瞬間」

もう一つ、僕には原点があった。
僕は約10年にわたり、ビジネススクールであるグロービス経営大学院で社会人に教えてきた。クリティカルシンキング、マーケティング、アカウンティング、リーダーシップ。いわゆるMBAで学ぶビジネスの知識や思考法だ。
でも、僕がそこで見てきたのは、単に「仕事ができるようになる」という変化だけではなかった。自分の頭で考える方法を身につけたことで、仕事への向き合い方が変わる。自分自身の価値観に向き合ったことで、人生の方向を決める。仲間と議論する中で、自分一人では想像もしなかった世界へ踏み出していく。

学ぶことで、人は変わる。

その瞬間を、僕は何度も目の前で見てきた。だったら、この学びを社会人になるまで待つ必要はないんじゃないか。

自分の頭で考え、社会を知り、人とつながり、価値を生み出すための「ビジネスの学び」を、もっと早い時期に手渡せないだろうか。

頭が柔らかく、可能性に満ちた中高生の頃にそれを知ったら、彼らの人生にはどれほど多くの選択肢が生まれるだろう。ここでようやく、僕の中にあった点と点がつながった。

「いい大学に入る」の、その先を学ぶ場所をつくろう

僕たちの世代には、「いい大学に入り、いい会社に入れば安泰」という人生のモデルが、まだ残っていた。親からも、先生からも、社会からも、「まずはこのレールを走りなさい」と言われて育った。

でも、今の子どもたちが大人になる社会には、一本のレールも、誰にでも当てはまる正解もない。だからといって、「好きなことをやればいい」だけでは、大人として責任を果たしたとは言えないと思っている。

自分は何をしたいのか。社会では何が求められているのか。そして、自分はどんな力を身につければ、そこで価値を生み出せるのか。その3つを行ったり来たりしながら、自分なりの道をつくっていく力が必要になる。だったら、その練習を中高生のうちから始められる場所をつくろう。

そうして、中高生向けビジネス・キャリア教育「ジブナル」の構想が生まれた。

人生のコンパスをつくる、3つの円

ジブナルが子どもたちに手渡したいもの。僕はそれを、正解のない時代を歩いていくための「人生のコンパス」と呼んでいる。そのコンパスは、3つの円からできている。

「人生のコンパス」と呼んでいる3つの円

WANT──やりたいこと・意志

まず、「自分は何が好きなのか」「何に違和感を覚えるのか」「どんなことをやってみたいのか」。大人が用意した正解ではなく、自分自身の内なる声に耳を澄ませる。

NEED──誰かに喜ばれること・社会への価値

でも、WANTだけでは社会とはつながらない。自分のやりたいことが、誰かの困りごとを解決したり、誰かを笑顔にしたりする。そのとき初めて、WANTは社会にとっての「価値」になる。

CAN──できること・価値を生み出し続ける力

そして、誰かに価値を届け続けるためには、自分自身のCANを増やしていく必要がある。
考える力。伝える力。人を巻き込む力。マーケティングやアカウンティング。そして、自分たちの活動をきちんと黒字にして、続けていく力。
想いだけでは、事業は続かない。だからジブナルでは、「稼ぐ」ということからも逃げない。僕が考えるビジネス教育とは、単に「お金儲けの方法」を教えることではない。

自分のWANTを、誰かのNEEDにつなげ、その価値を届け続けられるCANを身につけること。

それこそが、僕たちが子どもたちに伝えたい「ビジネス」だ。WANT、NEED、CAN。この3つを行き来しながら、自分なりの重なりを探していく。それが、誰かから与えられた正解ではない、自分だけの人生のコンパスになっていく。

「ジブナル」という名前に込めた願い

この思想を表す名前として、僕たちは「ジブナル」と名付けた。この4文字には、いくつもの意味を重ねている。

ジブナルのロゴ

自分らしく「成る」。
誰かの期待する人生ではなく、自分のコンパスを持って、自分自身の人生を生きる。

「実」が成る。
自分の知性や情熱が、社会の中で誰かの喜びとして結実する。

仲間と共鳴して「鳴る」。
自分とは違う色を持つ仲間と出会い、刺激し合い、互いの可能性を広げていく。

ロゴの4文字にも、それぞれ違う色を灯した。
「ジ」は、自らの独自性と未来を拓く紫。
「ブ」は、他者とつながり、育ち合う緑。
「ナ」は、未知の世界へ踏み出すエネルギーのオレンジ。
「ル」は、確かな思考力と信頼を築く青。
一人ひとり、違う色でいい。小さな殻を破って、一歩、外の世界へ飛び出してほしい。

「飛び立て! 飛び出せ! なりたい自分になっていくんだ!」
そんな僕たち大人からのエールを、この名前に込めた。

僕がつくりたい教育の景色

僕が目指しているのは、すべての中高生が、これからの社会を「怖いもの」としてではなく、自分たちの手で面白くできるものとして捉えられる世界だ。

学校のテストの点数や偏差値は、もちろん大切だ。でも、それはその子の価値を表す、たった一つの物差しではない。

人を笑わせるのが得意な子がいる。誰かの困りごとにすぐ気づける子がいる。ものをつくるのが好きな子がいる。数字に強い子もいれば、人を巻き込むことが得意な子もいる。

その一人ひとりの個性が、社会の誰かの「ありがとう」につながっていく。
僕は、ビジネスとは本来、そんな営みだと思っている。
誰かの困りごとを見つける。自分なりの方法で解決する。相手に喜んでもらう。そして、その「ありがとう」の対価としてお金をいただき、さらに大きな価値を生み出していく。

ビジネスは、冷たいものでも、単なる金儲けでもない。
人と社会をつなぐ、とてもクリエイティブで、人間らしい営みだ。

その手触りを、教科書の中だけではなく、本物の社会との接点の中で中高生に感じてもらいたい。

学校教育を変えるのを、ただ待つのではなく。学校の外側にも、本物の大人、本物の社会、本物のビジネスと出会える場所をつくる。それが、日本の未来や、これからの社会課題に対する小さな備えにもなるのではないか。

僕自身、二人の息子を育てている父親だ。子育ての正解なんて、いまだにわからない。でも、一つだけ願っていることがある。息子たちにも、ジブナルに来てくれる子どもたちにも、誰かが決めた正解を上手に歩く人生ではなく、自分で考え、自分で選び、自分らしい人生をつくっていってほしい。

そのために、僕がこれまでのビジネス人生で学んできたこと、出会ってきた人たち、培ってきた経験を、次の世代に手渡していく。

50歳からの僕の時間を、そこに使ってみよう。そう決めた。
そして、ここから「ジブナル」の最初の実験が始まった。

次回は、まだ名前すらなかった「0期」の話を書こうと思う。カリキュラムもない。教室もない。もちろん生徒もいない。あるのは、「こんな教育をつくりたい」という想いだけ。

そこに、手弁当で集まってくれた仲間たちが加わった。僕たち自身も、この先どうなるのか、まだ何もわかっていなかったけれど、小さなアクションを踏み出すことにした。

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