長男が手遅れになる前にーーー小さくてもいいから早く始めたかった──最高の講師仲間と始めた、ジブナル「0期」の試行錯誤

中高生向けのビジネススクール「ジブナル」代表の濱です。
前回は、僕が感じたAI時代の教育における危機感と「ジブナル」立ち上げのきっかけについてお話ししました。

今回は、「ジブナル」を実際に立ち上げてからのお話です。
ジブナルの授業は、いったいどのようにして生まれたのか。振り返ってみると、それは決してスマートな事業立ち上げではありませんでした。完成された事業計画があったわけでもない。最初からカリキュラムがあったわけでもない。
あるのは、「こんな教育を中高生に届けたい」という想いだけでした。
そして何より、まだ何者でもなかったこのプロジェクトに、手弁当で力を貸してくれた仲間たちがいたから、「ジブナル」の授業を中学生や高校生にお届けできるところまで来ることができました。
ジブナルの0期は、試行錯誤の中から始まったのです。
「何年もかけて準備している場合じゃない」
ジブナルの原点は、2024年3月。前回書いた、宮城県山元町での出来事だった。
当時中学3年生だった長男が、GRAの岩佐大輝さんという「本気の大人」と出会い、目の色を変えた。
あの日以来、僕の頭から「中高生のための、本物の社会とつながった学びの場をつくれないだろうか」という問いが離れなくなった。
そして、僕にはもう一つ、個人的な想いがあった。
長男が高校2年生までに始めたい。僕自身が「こんな教育があったら、自分の息子に受けさせたい」と思えるものをつくる。
だったら、何年もかけて完璧なものを準備している場合ではない。
小さくてもいい。未完成でもいい。まずやってみて、目の前の中高生たちの反応を見ながら、改善していこう。
そんな気持ちで、準備を始めた。
「だったら、僕たちは何をやるのか?」
まず、中高生を取り巻く教育環境や市場を調べた。
探究学習が高校で本格化し、大学入試でも総合型選抜など、学力試験だけではない評価のあり方が広がっている。調べれば調べるほど、すでに多くの志ある先行者が、中高生にさまざまな学びを届けていることがわかった。
すでに、たくさんの素晴らしい教育があった。
「だったら、僕たちは何をやるのか?」
何度も自分に問いかけた。
一つだけ、最初から決めていたことがあった。受験予備校の延長線上にあるものをつくるのではない。
もちろん、受験勉強も大切だ。でも僕がつくりたかったのは、そのもう少し先にあるものだった。
AIによって社会が大きく変わっても、自分の頭で考え、自分で選び、自分なりの価値を生み出していける。そんな「自分らしく生きる力」を育てる場所をつくりたかった。
「自分の息子に受けさせたいか?」を基準にした
では、具体的に誰に届けるのか。
ビジネススクールで学ぶ保護者の家庭。大学附属校や中高一貫校など、受験勉強だけではない学びを求める家庭。経営者や企業で働きながら、子どもにも早いうちから社会との接点を持ってほしいと考えている家庭。
当初はいくつものペルソナをつくり、議論を重ねた。
でも、突き詰めていくと、僕にとって一番わかりやすいペルソナは、すぐそばにいた。
わが家だった。
自分が親として、本当に息子に受けさせたいと思えるか。日曜日の貴重な時間を使ってでも、「行ってみなよ」と息子の背中を押したくなるか。そして息子自身が、「また行きたい」と思えるか。
僕自身が欲しいと思える教育を本気でつくることができれば、同じようなことを考えている家庭もきっとある。
そう考えるようになった。
WANT・NEED・CANを、10代から考える
では、中高生に何を手渡すのか。
考え続けた末に見えてきたのが、第一部でも書いた3つの軸だった。
WANT──自分は何をやりたいのか。
NEED──社会にはどんな課題があり、誰が何を求めているのか。
CAN──そのために、自分は何ができるのか。
正解のない社会に出ていく前に、10代のうちから、この3つを行き来する経験をしてほしい。
そして、
良き人と出会う。
良き経験をする。
良き学びに触れる。
そんな環境に身を置くことで、自分なりの「人生のコンパス」を少しずつつくっていってほしい。
そこから、「自己理解」「実践的なビジネススキル」「キャリア探索」という、プログラムの3つの柱が見えてきた。
コンセプトはできた。あとは授業をつくればいい。
──と思っていた。
甘かった。
「中高生向けの授業」が、まったくつくれない
ここから、僕は行き詰まった。
「ゼロからカリキュラムをつくるって、こんなに難しいのか……」
ビジネスの世界では、それなりに長く仕事をしてきた。グロービス経営大学院でも、10年間、社会人にMBAの科目を教えてきた。だから、どこかで「自分ならできるだろう」と思っていたのだ。
でも、MBAの授業をそのまま中高生向けに薄めても意味がない。
社会で働いた経験のない10代に、マーケティングやアカウンティングやクリティカルシンキングを、どうすれば「知識」ではなく、自分の人生とつながった「生きた学び」として届けられるのか。
そもそも、何から始めればいいのか。何を、どんな順番で学べばいいのか。授業は何時間にすればいいのか。何回で完結させるのがいいのか。そのボリュームで学びを届けられるのか。
完全に思考が止まった。
伊藤羊一さんが教えてくれた「秘伝のタレ」
こういう時は、人に会うのがよいというのを経験的に学んでいる。僕は様々な方々に連絡をして相談に乗ってもらえないか?とお願いした。多くの友人知人が僕の壁打ちに付き合ってくれた。本当にありがたいと思った。
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部長の伊藤羊一さんもその一人だ。
大学のキャンパスに伺い、羊一さんの授業を見学させてもらった。多忙なスケジュールの合間を縫って、羊一さんは2時間近く、僕の相談に付き合ってくれた。
「濱ちゃん、こうやって考えればいいんだよ」
そこで教えてもらったのが、羊一さん自身が長年の試行錯誤からつくり上げてきた、いわば「秘伝のタレ」だった。
いちばん印象に残っているのは、「伊藤羊一をいかに生み出すかを考えた」という言葉だ。身近で具体的な一人をターゲットに設定して、そこからカリキュラムに落とし込んでいったのだという。
どういう順番で学びを設計するのか。どんな経験をすれば、学びが積み重なっていくか。知識と実践をどうつなげるのか。それまでバラバラだったパズルのピースが、僕の頭の中で次々にはまっていった。視界が開けた。
そして僕は、その日にもらったヒントをもとに、2日ほど考えてカリキュラムのたたき台を書き上げた。今振り返れば、もちろん荒削りだ。でも、ここで初めて「やりたいこと」が「授業」という形になった。

まずは、10人から始まった
カリキュラム全体の骨格が見えた。そこで、まずプログラムの「入口」と「出口」からつくることにした。
入口は、自分自身を知ること。出口は、自分の未来やキャリアを考えること。
ここで大きな力を貸してくれたのが、グロービス経営大学院の講師仲間である、中村直太さんだった。直太さんが高校生の教育に熱心に取り組んでいることは知っていたので、2024年9月に直太さんとオンラインでミーティングをさせてもらった。以降、直太さんとは何度も膝を突き合わせ、何時間も議論を重ねた。
「中高生にとっての自己理解って何だろう?」
「どうすれば、自分の未来を『自分ごと』として考えてもらえるだろう?」
そんな対話を繰り返しながら、中高生向けの授業が少しずつ形になっていった。
そして、2025年1月。いよいよ、最初の実証実験となる「0期生」を募集することにした。
まだ、お金をいただける段階ではない。まずは実際の中高生に届けてみよう。だから、0期は無償にした。
最初に実施したのは、「未来を創るじぶん開発」。1月19日、2月2日、2月9日の全3回。会場は、グロービス経営大学院・東京校の教室をお借りした。
集まってくれたのは、中学生5人、高校生5人の10人。僕にとっては忘れられない10人だ。
記念すべき最初の授業は、僕自身が講師を務めた。
これまで何百回と人前に立ってきた。大学院でも、多くの社会人を相手に授業をしてきた。それなのに、その日の朝は妙に緊張した。
「大人が本気でつくったこの問いに、10代の彼らは乗ってきてくれるのだろうか?」
期待と不安が入り混じる中、仲間たちと一緒に、10人の生徒と向き合った。
そして、始めてみると、手応えと課題が一気に押し寄せてきた。

やってみたからこそ、わかったこと
2月からは、オンラインで「未来を創る先輩との対話」を始めた。
登壇してくれたのは、かつてグロービスで僕の授業を受けてくれた20〜30代の卒業生4人。
今、どんな仕事をしているのか。何が楽しいのか。何に悩んでいるのか。高校生の頃は何を考えていたのか。4人とも、自分の言葉で率直に話してくれた。どれも胸を打つ、素晴らしい話だった。
でも、やってみたからこそわかったこともある。
日曜日の朝、オンラインで中高生の集中力を1時間保ち続けるのは、想像以上に難しい。大人にとって「いい話」であることと、中高生が夢中になれることは、必ずしも同じではない。
これは大きな学びだった。
やってみる。反応を見る。うまくいかなければ変える。
僕たち自身が、まさにジブナルで子どもたちに伝えたいことを実践していた。
子どもたちの表情が変わり始めた
4月には、再び対面に戻った。
直太さんが企画開発から講師まで担ってくれた「未来を創るキャリア開発」。4月6日、13日、20日の全3回を、再びグロービス東京校で開催した。

授業を重ねるうちに、生徒たちの表情が少しずつ変わっていった。
最初は緊張していた子が、自分の言葉で考えを話すようになる。他の生徒の話を聞いて、「それってどういうこと?」と問いかける。時には、大人がドキッとするような質問まで飛び出してくる。

保護者からも、こんな声をいただいた。
「家の食卓で、学校では話さないような未来の話をするようになりました」
その言葉は、本当にうれしかった。
教室での2時間だけではない。家に帰ってから、親子の会話まで少し変わる。
僕たちがつくろうとしているものには、もしかすると意味があるのかもしれない。僕の中に、少しずつ確信が生まれていった。
「中高生の吸収力は、やっぱりすごい。これは、いけるかもしれない」
「だったら、俺もやるよ」
次に挑戦したかったのは、実践的なビジネススキルだった。
自分自身と向き合うだけではなく、考える。伝える。数字を読む。顧客を知る。価値をつくる。社会で実際に使われている「武器」を、中高生にも手渡したい。
でも、ここから先は、僕一人では到底できなかった。
そこで、普段から一緒に講師の仕事をしている講師仲間に声をかけた。すると、多くの仲間が、「大事なことだし、面白い取り組みだね。手伝うよ」と言ってくれた。
彼らはみな、ビジネスの第一線で仕事をしている、超多忙なプロフェッショナルだ。それなのに、まだ事業として何の実績もない僕たちの挑戦に、手弁当で参加してくれた。
しかも、既存の大人向け教材を流用するのではない。ゼロから、中高生のためにつくる。
みんな、本気で向き合ってくれた。立派な報酬があるわけでもない。事業として成功する保証もない。それでも、「これからの子どもたちに、こんな学びがあったらいいよね」という一点だけで、プロフェッショナルたちが集まってくれた。
今振り返っても、ジブナルの原点にあるのは、この講師仲間たちの存在だと思う。感謝しかない。

0期で手にした、一つの確信
こうして、たくさんの仲間の情熱がバトンのようにつながり、少しずつジブナルのプログラムが形になっていった。(詳しくは第3部をご参照)
もちろん、0期は成功ばかりではなかった。
オンラインでは集中が続かなかった。中高生には難しすぎる内容もあった。逆に、こちらが「難しいだろう」と思っていたことを、驚くほど簡単に乗り越えてしまうこともあった。
やってみなければ、何一つわからなかった。
でも、一つだけ確信した。
中高生は、大人が思っている以上に考えられる。そして、本物の人、本物の社会、本物の問いに出会ったとき、驚くほどの速さで変わっていく。
僕たちがやろうとしていることには、意味がある。
0期を終えたとき、そう思えるようになっていた。
ただし、ここまでは「無料」だった。
無料だから参加してくれたのかもしれない。無料だから、僕たちも理想だけを追いかけられたのかもしれない。
では、この教育に、本当にお金を払っていただけるだけの価値があるのか。そして、お金をいただく以上、僕たちはどこまでの責任を負うのか。
0期で得た小さな確信の先に、まったく違う種類の壁が待っていた。
「無料の実験」から、「お金をいただく事業」へ。
ジブナルにとって、本当の意味での真剣勝負が始まろうとしていた。